N君は1989年4月、即ちI君がバイトを始める1ヶ月前に社員になった新人だ。
そして、I君がバイトを始める1週間前に、厨房でよそ見して包丁を使っていた結果、
『左指4分の1を切り落とす』と云う名誉の負傷を負って入院しており、
この度、目出度くカムバックと相成った訳だ。
ともあれ、味方が一人も居なかったI君にとっては、天の助けであった。
I君とN君は同い年、そしてN君の人見知りしない性格もあって、
今までの空白を埋めるが如く、急激に仲が良くなっていったのであった。
仲良くなってからと云うもの、N君は色々な事を教えてくれたそうだ。
(知り合って間もないのに、こんな事まで話しちゃっても良いの?!)
と思う位、ペラペラとお店の内部事情、特に社員Aと社員Bについて事細かく話してくれた。
話を聞いてみると、二人とも相当に問題のある人物らしい。
例えば、社員と云う特権を利用して、気に入らない人物は徹底的にイジメまくり、
逆に気に入った人物に対しては『えこひいき』をしまくる、と云った具合だ。
又、社員B(花沢不動産)にもどうやら彼氏が居るらしいのだが、
たまに彼氏がお店に来ると、無断でジュースやら食事やらを出して、
N君に仕事を任せ、自分は彼氏とイチャイチャする、といった暴挙を繰り返していた。
N君「ボクさー、すごい不公平だと思うんだよー。
AさんとBさん・・・彼氏をうどん屋に呼んではボクに仕事を任せっきりで、
ずっと遊んでるんだよー。ズルイと思わない?」
I君「うん、ズルイよね。」
N君「でね、しかも彼氏が来てる時にお店のジュースとか勝手に飲ませてるしさー。」
I君「え?本当?!・・・それってマズイんじゃない?」
N君「ボクさー・・・あの人達、嫌いだよ・・・。」
とN君が呟いた時、I君の頭にパッと閃いたモノがあった。
(これは・・・あのボヤッキー共を追い出すチャンスじゃないのか?)
現時点では新入りペーペーバイトのI君だが、仮にも最高権力者であるオーナーの甥。
裏の発言権は強いはずなので、社員A&社員Bの悪い所をオーナーに逐次伝えていけば、
何らかの処分を下してくれるはず。
だが、それにはリスクはある。
それは、社員A&社員Bが辞めてしまった後の体制だ。
しばらくは、社員はN君一人になってしまうため、作業の負荷は全てN君に降りかかってしまう。
一応、それなりに一通りの仕事をこなせるようになっているN君だが、
果たしてそのリスクを背負ってでも、話に乗ってくれるだろうか?
I君「N君さ・・・AさんとBさんが居なくなっても大丈夫?」
N君「えっ・・・な、なんで?!」
I君「休日とか取りにくくなるかもしれないけど・・・
上手く行けば、AさんとBさん辞めることになるかもしれないよ。」
N君「な、な・・・」
ビックリして戸惑うN君。
そこで、I君は更に追い討ちをかけた。
I君「以前、オーナーと話したときに、すごくN君の実力を認めてたんだ。」
N君「えっ?そうなの?」
I君「うん、でね、もしやる気があるんだったら、
『N君にこの店を任せても良いかな・・・』とまで言ってたんだ・・・」
N君「そ、そうだったんだ。知らなかった・・・。」
嘘である。
I君「俺がオーナーにAさんとBさんの事を報告してみる。
その時に『N君が頑張ってくれます!』って追い打ちをかけておけば、
きっと、動いてくれると思うんだ。」
N君「うん・・・うん!」
I君「しばらくは大変だと思うけど、俺が上手く根回ししてみる。
大丈夫、俺はN君の味方だよ!一緒に頑張ろうぜ!」
N君「うん!ボク・・・ボク頑張るよ!!」
いとも容易く大・成・功である。
こうして、社員A&社員Bはうどん屋を辞める事になった。
N君から聞いた悪事を漏れなくオーナーに報告し続けたお陰でもあるが、
やはり決め手となったのは、社員Bの彼氏の無銭飲食幇助の現行犯である。
彼氏が店に現れる時間帯に併せて、オーナーを店に呼んだのだった。
それが原因で印象が悪くなってしまい、だんだん店に居づらくなったのでは無いかと思われる。
一方のN君は、結局、店を任されることは無かったものの、
別の店舗から、社員D(男性・バイク好きの兄貴)が来るようになってから、
良い刺激を受けて、ますます仕事に燃えるようになった。
そんな中、I君はI君でオーナーを言いくるめて、勤務体制を
「社員2名・バイト1名」 → 「社員1~2名・バイト2名」
という形に持っていく、というスーパープレイを決め、
念願の可愛い女の子がバイトとして入ってくるようになった。
まさに思惑通りの環境を手に入れ、めでたしめでたしウッハッハと相成ったのである。
N君「Dさんも良い人で良かったー、ボク、仕事頑張るよ!」
I君「おう!俺もできる限り応援するからね!!」
N君「えへへ♪
・・・でもねでもね、実はAさんBさんのお別れ会の時に
ボクちょっと泣いちゃったんだ・・・。」
I君「え?! どうして?何かあったの?!」
N君「えーー・・・、やっぱりちょっと寂しくなるしさー、それに・・・」
I君「・・・?? それに??」
N君「ボクね・・・・・・Aさんの事、好きだったんだー。」
I君「・・・・・・」
N君「・・・・・・」
愛憎劇に巻き込まれた被害者だったはずのI君が、
いつの間にか片棒を担がされていたのに気づいたのは、その時であった、という。
私とN君がステーキ屋で初めて出会う、およそ半年前の出来事である。
完
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