「んー・・・どう考えても足りないな・・・。」
I君は財布の中にある五千円札一枚を見つめながら呟いた。
時は1989年5月、I君が高校1年生の時である。
当時、I君が親から月一で貰っていたお小遣いは5000円。
高校生活にも慣れ、さぁこれから高校生ライフを満喫しよう!と考えるには、
明らかに現状のお小遣いだけでは足りず、そろそろバイトでも始めようと考えていた。
幸いにもI君が通っていた高校は校則が緩めで、バイトの許可申請などは必要ない。
ただ、それとは別な問題があった。
一つは、当時のI君の容姿である。
I君が通っていた高校は、
当時『石も投げればヤンキーに当たる』と言っても過言は無いほどの、
レベルが余り宜しくない学校である。(注:I君曰く)
よって、I君もその環境に溶け込むかの如く、金髪に限りなく近い髪型をしており、
当然そのような髪型では、出来るバイトが限定されてしまうのである。
そして、もう一つは、
バイトを行う事で、自分の行動が制限されることである。
I君は、好きな時にバイトをしてお金を稼ぎ、
好きな時に好きなだけ休められるような環境を欲していたのだった。
限りなく金髪でもOK。
好きな時に休める事ができる。
こんな都合の良いバイトなんぞ、ある訳ねーだろ!!
・・・と、言いたい所だが、
実のところ、I君にはそれを実現できる環境が存在していたのであった。
それはI君の親戚であった。
I君の親戚には、時計屋や眼鏡屋、飲食店等を経営している人が多かったのだ。
当然、顔見知りなので面接も無いに等しいし、
親戚の強みで、休みたい時にもある程度の融通も利く可能性が高い。
唯一の問題は、I君の両親に情報がダダ漏れするという心配だが・・・
「仕方が無い・・・親戚を頼ってみるか・・・。」
とI君は意を決して、飲食店を経営している叔父と連絡することになったのである。
丁度、運良く「バイトを増員予定だった」と言われ、話はトントン拍子に進み、
早速、週末の金曜日からバイトに入る事に決定したのであった。
・・・
そして、バイト初日。
学校が終わったI君は、バイト先の『うどん屋』に向かってルンルン気分で歩いていた。
『うどん屋』をチョイスしたのには訳があった。
時計屋と眼鏡屋は夕方7時までの営業である為、
学校帰りにバイトするには時間的に無理がある。
残るは飲食店の「うどん屋」と「ステーキ屋」のどちらかに絞られるのだが、
「ステーキ屋」は高級店であるが故に客・店員共に年齢層が高かったのだ。
つまりどういうことかと言うと、
I君はバイトをすると同時に、同年代の女の子との出会いを欲していたのである。
以前、うどん屋の前を通った時に、
可愛い女の子が、"少なくとも"2名働いていた事をチェック済みのI君。
(えへへ・・・、あの女の子と知り合って、そんで持ってグヘヘ・・・)
と邪な夢と希望を膨らませたI君は
躍動感溢れる(かどうかは知らんが)華麗なステップで、
『うどん屋』へと向かっていったのであった。
しかし、現実はそんなに甘くは無かった。
うどん屋に着いてすぐに、I君が聞かされたうどん屋の店員構成は以下の通り。
・オーナー(男性・I君の叔父)
・社員A(女性・24歳) ※ボヤッキーに似てる
・社員B(女性・25歳) ※花沢不動産の一人娘に似てる
・社員C(男性・現在休養中)
・バイトA(男性・高校2年)
以上、店員構成でした。
(え?・・・ありぇりぇりぇ~、プリティ女子高生の皆さんは?)
「バイトを増員予定」と言われた時点で気づくべきだった。
I君がうどん屋でバイト出来たのは、
例の可愛い女の子2名が辞めてしまったからだったのである。
そして更に衝撃的な事実が。
なんと勤務体制は「社員2名・バイト1名」が基本であった事。
よって、同年代のバイトA(高校2年)とも仕事はおろか、話をする機会すら無い。
(ああ・・・これからオレはバイトをする度に
あの、ボヤッキーと花沢さんと顔を合わせ続けなきゃならないのか・・・)
こうして、夢と希望も打ち砕かれたI君の週3回のバイト生活が始まったのであった。
バイトを始めてから2週間、I君にとって地獄のような時間が過ぎていった。
更にその間、店内の裏情報から衝撃的な事実が判明した。
I君がうどん屋に入る前にチェックしていた女の子2名が辞めたのは、
社員Aと社員Bによる、嫌がらせに限りなく近い『教育的指導』が原因らしいのであった。
その理由はただ一つ・・・バイトA(高校2年)が他の女に目を向けさせないようにする為だ。
実は、バイトA(高校2年)は社員A(ボヤッキー)と付き合っていたのであった。
初めてのバイトで、早速うどん屋メンバーらの愛憎劇に巻き込まれたI君。
悲惨以外の何物でも無い。
もはや何も期待も希望も持てず、このままだと精神的な何かが朽ち果ててしまう。
(もうダメだ・・・、バイト辞めてしまおうか・・・)
とまで考えていた矢先、
突如I君の元に彗星の如く現れた男が居た。
約3週間の休養から復帰したばかりの『社員C』。
彼こそが後に『Mr.Narbee』と呼ばれる「N君」なのであった。
続
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