忍者になったN君(後編)

「と、富山っすかぁ・・・」


これはまた、えらく遠い所を選んだものだ。


N君は富山と石川の県境に位置するテーマパークに行く事になったのだ。


しかし、アレほど「自宅の近くがいい!」と言っていたN君が、
何故富山に行く事になったのか。



N君の説明によるとこうだ。



テーマパークの面接に行ったN君は、面接官の人から


「どこか希望の場所があれば、教えてくれますか。」


と尋ねられたそうだ。



遠くで働くのを躊躇っていたN君は、

『自宅から近い所に行きたいです。』


と言おうと思ったら、余りの緊張の為に


「あ、あの・・・アクションがいっぱい出来る所が良いです。

と間違えて答えたしまったらしい。


なぜ、こんな間違いを犯したのか、考えれば考える程であるが、
ともあれ、富山のテーマパーク事務局では丁度、アクションが出来る人を探していたらしく、
N君が答えた瞬間、目出度く「富山行き」の切符が確定した訳だ。



さらに富山のテーマパーク事務局で探していた人材、


それは「忍者」だった。


忍者が主人公のアクションは日本では余り聞かれない。
恐らく「正義の味方に襲いかかる、悪者に雇われた忍者」と云ったイメージだと思われる。





(ん~、よっしゃ!)


予想通り(本当は未確定だが)のN君の役柄に、私は思わず心の中でガッツポーズを取った。







「さーて、これから色々と準備しなきゃ・・・それじゃあねぇ♪


と散々盛り上がり、話す事も話して満足したN君は帰っていった。


その後、私は暫くWさんと世間話をしていたが、突然Wさんはある提案をしてきた。



Wさん「ねぇねぇ、内輪でN君の送別会やらない?」
私  「あー、送別会かぁ・・・」



そういえば、N君とは余り飲む機会は無かった。

バイト先絡みでの飲み会は毎日のようにあったのだが、
N君とは余り時間が合わなかった事、そしてあのオチの無い会話を聞くのが面倒くさかった事があり、
バイト仲間との暗黙の了解上、出来るだけN君とは飲まないようにしていたのだった。


しかし、N君が富山に行ってしまうと本当に飲む機会が無くなってしまう。



私  「よーし、飲むかあ。バイト先の皆も誘ってさ。」
Wさん「オーケー。んじゃ、私が面子集めてみるねー。」
私  「うん、詳しい日時が決まったら電話頂戴。」


こうして、Wさんが「N君送別会」の幹事を行う事に決定し、
参加メンバーを集める為にWさんは奔走するのであった。



(BGM「太陽にほえろのテーマ」ミュージックスタート)


しかし、そのメンバー集めは困難を極めた。

誘った人間は全て、


「あ、この日はサークルの飲み会なんで無理っス」
N君でしょー?余り接点無いしねー。」
「・・・金が無いっつーの。」
「N君?・・・ってキャァー!!!


等など、都合が付く人間が全く居なかったのだ。


(BGM「太陽にほえろのテーマ」終わり)



それでもWさんは、諦めずに探し回り、
やっとの事で同じバイト先で働いていたパートのおばちゃん2人をGETする事が出来た。







そして、送別会当日。

私は集合場所である居酒屋へと向かった。

そして当然の事ながらN君は一足先に待っていた。


「よぉっ♪」


N君には送別会に来る人数を教えていなかった。


「今日、どの位来るのかなぁ・・・。楽しみだなぁ♪


N君の言葉が胸に突き刺さる。




しばらくすると、パートのおばちゃん2人がやってきた。


おば「あんらー、N君ってば、『日光猿軍団』に入るんだって?
私 「ちょ・・・」


さすが第三者、出会った早々から爆弾発言だ。


「えへへ、猿軍団違いますよー♪」


おばちゃんもおばちゃんだが、N君もN君だ。
爆弾を見事にスルーしている。



「さーて、皆揃った事だし、そろそろお店に入ろうかねぇ。」
「・・・あ!ちょっと待ってください。」

とお店の中に入ろうとするおばちゃんを手で制した。

今回の幹事役であるWさんが未だ現れていない。



私 「まだ、Wさん来てないじゃないっスか。」
おば「あら、聞いてなーい?Wさん、来ないわよ。
私 「・・・へ?」


一体、どう言う事だ?


私 「こ、『来ない』って・・・ど、どう言う事っスか?」
おば「あ、あのねー、今日は彼氏と会う予定だったらしいわよ。
   『ごめんねーって言っといて』、だって。」





(ああ・・・・・・逃げたのか。


私はそう直感した。



かくして「N君送別会」は、パートのおばちゃん×2、N君、
そしての計4人で行われると云う、波乱の幕開けを迎えたのであった。




と言いながら、いざ飲みだしてしまうとそんな心配もどこへやら。
バイト仲間と飲むのと変わらない、飲めや食えやの大騒ぎになった。
まとめ役のWさんが居なくて、どうなる事かと心配したが、


(ん~、何とかなるもんだ・・・)


と、新まとめ役である私はビールを飲みながらそう考えていた。



特にN君に関しては、アルコールが脳に染み込み始めたのか、終始大はしゃぎ。


「僕ねー僕ねー!ゴレンジャーが凄い好きだったのー♪」


と云った『戦隊もの』に関する話や


「ジャッキーチェンって格好いいよねー♪」


とか、


「あのねーあのねー、刀ってねー、こうやって持つんだよー♪」


と、刀を持つ振りをしながらおばちゃん達に『なんちゃって殺陣』の指南をしたりと、
N君による『爆裂アクショントーク』は留まる事を知らなかったのであった。





気が付けば2時間が経過。


私 「んじゃ、そろそろお開きにしますかぁ。」


と最後にN君とおばちゃん達で


おば「たまには遊びに来なよー。」
N君「うん、ありがとー♪」



と云った最後の挨拶も交わした事で「N君送別会」は幕を閉じたのであった。







「ふぅ、寒いなぁ・・・」

私は自宅へと足早に向かっている。






「うん、そうだねぇ♪」

隣にはN君がいる。
・・・つーかなんで、N君がついて来んねん。



全くの謎であった。

さっき、居酒屋の外に出て「はい解散」と相成ったとばかり思っていたが、
私、なにか間違った事でもしたのでしょうか?


多分、このままいくと私の家に上がり込んで来るのは必然だと思うが、
だからと云って「何でついて来るの?シッシッ」と言うのも気が引ける。


(まぁ、いっか・・・暫くN君に会う事無いんだモンな。)

と、半ば諦めた気持ちで自宅へと向かっていった。




自宅に帰って私は「N君、何か飲む?」と聞いて見ると、

「いいよ、僕コレやってるから。」

とリュックからおもむろに「バイオハザード(PS版)」を取り出し、
私のプレステでいきなり遊び始めた。

聞いて見ると「いつも持ち歩いている」との事。

そして気が付くと、薄暗く狭い部屋の中にウイスキーを飲んている私と、
その目の前で「バイオハザード」をプレイしているN君と云う、
何とも怪しい構図が出来上がっていた。





N君「さーて、そろそろ僕帰るね。」
私 (ああ、やっと帰るか・・・・)

居心地が良かったのか、結局N君は私の家に2時間もいた。
まぁ、私も「バイオハザード」にハマってしまったのが原因だったのだが。



玄関で靴を履いているN君に対し、私は


「まぁさ、たまには帰ってきて一緒に飲もうよ。」


と言った。



『うん、解った~♪ 又、会おうね!!』


とN君は答えた。

いや、そう答えると思っていた。


しかし、N君の口からは意外な言葉が返ってきた。





N君「いや・・・多分もう帰ってこないと思う。」

私 「えっ・・・?」


私はN君の返事に少し戸惑った。
そして意を決したのか、N君はゆっくりとした口調で語り始めた。



N君「皆には『また帰ってくるねー♪』って言ったけど、
   多分向こう(富山)に行ったら、忙しくてそれどころじゃないと思うんだ。
   それに・・・もし帰ってきたら、またいつもの様に甘えちゃうしね。
   これからは誰の手も借りずに一人で頑張って行きたいと思うんだ。
   やっと、自分の本当にやりたかった事が出来るんだしね・・・・。」


私 「N君・・・・。」



N君がここまで考えているのは意外だった。


・・・いや、意外ではない。


昔からアクションスターになるのが夢だったN君。
N君もN君なりにこれからの事に対して真剣に考えていたのだった。
自分の夢がかかっている事だから、そこまで考えるのは当然なのかもしれない。
しかし、今まで私はそれすらも解っていなかったのであった。

昔から特にコレと云った夢を持てなかった私。
いや、もしかしたら「夢」と云う言葉を馬鹿らしいと思っていたのかもしれない。
しかし、そんな夢に真っ向から進むN君を目の当たりにした時、私は少し感動してしまった。
そして、「夢」を持たなかった自分を恥ずかしいと思ったのだ。




N君「・・・それじゃあね。」


と背を向けるN君に対し、


私 「・・・・・・がんばれよ・・・。」


色々考えた挙句、口から発した言葉はその一言だけだった。

するとN君は、いつもの嬉しそうな顔に変わって


N君「・・・ありがとう!・・・僕・・・本当に頑張るからさ。」


と言い残し、そのまま後ろを振り返らずに帰っていった。



部屋に戻った私は、N君が着忘れたジャンバーが床に落ちているのを見つけた。

(N君・・・忘れていったか・・・。)

それを手に取った私は、ハンガーに掛け、お気に入りのクローゼットへとしまい込んだ。







その2日後・・・。



N君は富山へと旅立っていった。

その時、私は新しい職場で仕事をしていた。

敢えて見送りには行かなかったのだ。

『飾りだけの送り言葉に意味が無い』と思ったからだ。


しかし、私は仕事をしながらずっと祈っていた。


(N君・・・頑張れよ・・・・)


と。




こうして私達は、
それぞれ違う方向へと歩み始めていったのであった・・・。
















年が明け、寒かった冬も終わり、巷では入学シーズンを迎えている。

私は久々に仕事が早く片付いたので、

(皆・・・どうしてるかなぁ。)

と久々に昔のバイト先に顔を出す事にした。



Wさん「いらっしゃいま・・・・あ、久しぶり~!
私  「こんちはー、久々に覗きに来ました~。」


やっぱり、知っている人が居ると落ち着く。
私は客席に座りビールを飲みながらWさんと昔話をして楽しんだ。


色々と話をしているうちに


(そういや今頃、N君はアクションスター目指して頑張ってるんだろうな~)


と、ふとN君の事を思い出した私は、


「N君・・・・今頃どうしてるんだろうねぇ・・・・。」


と無意識に呟いていた。



その直後、Wさんの口から発せられた言葉今でも忘れられない。







Wさん「え、N君?もう帰ってきてるわよ。」
私  「・・・へ?」







ど、どういうことだ??

私  「だ、だって・・・N君って富山に行ったんじゃないの?!」
Wさん「うん、そうなんだけどね、
    1ヶ月も経たないうちに怪我して辞めたらしいよ。」




呆然としている私に、Wさんが帰ってくるまでの経緯を語ってくれた。





入社した当時、研修生のN君は「開門」役を任されていた。

その和風テーマパークでは入り口である「門」の裏手に長いハシゴがあり、
ハシゴを昇り、そのまま天井裏を通っていくと大きな鐘があるらしい。

毎朝、開門時間になるとスタッフが門が開け、それと同時に『ゴーンゴーン』と鐘が鳴る。

N君はその鐘を鳴らす役割であった。



ある日、いつもの様に鐘を鳴らしに行った。
すると、天井裏の暗闇の向こうにあった
役者が舞台上に登場する時に使用する『滑り台』を発見した。


「へへ、近道しちゃえ♪」

と言ったのか、ハシゴを降りずに『滑り台』で滑ろうと片足を踏み入れたのだ。


するとその瞬間に足が滑らせて、不自然な格好で滑り落ちたらしいのだ。

更に運が悪い事に、その「滑り台」の終点
公園に置いてあるようなお尻に優しい緩やかなカーブでは無い。


直角である。


実は両足で着地してすぐアクションをする事が前提
『着地専用滑り台』だったのだ。



こうしてN君は、不自然な格好のまま地面に不時着
その拍子に靭帯を切ってしまった。


靭帯を切ってしまったら、暫くはアクションは出来ない。

さらに、N君は研修生である。

当然の事ながら、約1ヶ月程で「忍者」にクラスチェンジする予定が
選択ミスで「抜け忍」にクラスチェンジしてしまったのであった。





こうして、N君の「アクションスター」の夢は幕を閉じた。





その後、富山から帰ってきたN君は、
このままだと生活は出来ない為、しかたなくうどん屋に舞い戻ったらしい。

しかし、数ヶ月間働いた後に「僕には夢がある」との理由により
又もや退職、そのまま消息不明となった。



風の噂では、N君の実家が経営しているラーメン屋で働いてる話を聞いたが、
実際行ってみると「貸店舗」になっていた為、
その後のN君は誰も知らない・・・・・・








・・・・はずだった。











キャスト
  • Mr.Narbee(N君)
  • Wさん
  • いつも顔色が悪そうだったゲームセンターの店長
  • 一時期「アコムの限度額=自分の持ってる財産」だと誤認識していたパスタ屋の店長。
  • 悪の工作員
  • 某テーマパークの面接員のおっちゃん
  • パートのおばちゃん「サモハン」
  • パートのおばちゃん「キンポー」
  • バイオハザード
  • 富山の薬売り
  • 「N君ラーメン」店長






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