ブーデーとN君
第1章「始まりの日」

N君は女の子好きだ。

もし、誰かがN君と同じ行動を女の子に対して取ったならば、
「セクハラだ!!」と言われ、訴えられる程のねちっこいスキンシップを取ってくる。


たまにバイト先に新しく入ってきた女の子達の大部分は当初、

「Nさんって良い人ですねー。」

と誉めるのだが、何回か一緒にバイトをしていくと

「Nさん・・・怖いです。」

と次第にN君の屈折した愛情表現にネをあげてしまう。

中にはN君のストーカーギリギリの行為の為に、辞めてしまう女の子もいた。



しかし、世の中は不思議なもので、
そんなスキンシップを嫌がる女の子も居れば、満更でもない女の子も居るのであった。


「Mさん」が良い例だ。



Mさんは、1年ほど前からうどん屋の社員として働き出した女性で、
N君とは4歳ほど年上である。

体型はN君がすっぽり入るほどの大きさ、結構な太り具合だ。

ある時、仕事着を着ようとボタンを留め、「よし!」と気合を入れた瞬間に
ボタンが1、2個『ブチブチっ』と勢い良く飛んでいった、

というエピソードから、どれ位の太り具合なのか容易に想像付くと思われる。



しかーーし!!

それはあくまでも見かけだけの話だけであり、
実際会話をしてみると、とても気さくな人である。

又、色々と人生相談もして貰ったりしていた事もあり、
私やI君にとっては「お姉さん」的存在として、とても仲良くさせて貰っていた。



そんなMさんがN君の毒牙にかかってしまったのが
どうやら、バイト先での「社員旅行」の時だったらしい。


旅行に参加した他の社員の話によると、
宴会の場でN君がやたらとMさんにアプローチしていた事や、
次の日の夜の旅館の庭で一緒に手を繋いでいた等のイベントが発生していたとの事。



その話を聞いた私は、ある日N君に尋ねてみた。


私 「ねぇ、N君さ、Mさんの事どう思ってるの?」
N君「あのね、僕・・・・Mさんの事、好きかもしれない。
   だって、スゴイ優しいんだもん♪」



その後、Mさんにも聞いて見ると、


「(N君って)母性本能をくすぐるタイプなのよねー。」


と嬉しそうに語っており、どうやら満更では無いみたいだ。


N君の「お子ちゃま」な性格には
年上のMさんのしっかりしていて世話好きな性格が合うのかもしれない。


私 「んー、N君とMさんはもう少しで付き合うだろうな。」
I君「ああ、多分付き合うだろうねぇ。
   あ、そういや、この前も一緒に遊園地行ったらしいよ。」

私 「そうなの?・・・しかし、N君にしては良い人を選んだよねー。」
I君「確かに。それでN君もストーカー紛いの事はしなくなるだろうね。」
私 「ハハハ、そうなれば良いんだけどね。」


等と話しながら、N君の恋愛が成就する事を願っていたのだった。





しかし、そんな心温まる出来事は単なる序章に過ぎなかった。

それから暫くして訪れる大事件が、N君とMさんを無慈悲にも巻き込んでいく。

そして、傍観者だった筈の私とI君までもが、その渦中に引きずり込まれてしまうとは、
その時は未だ知る由も無かったのだ・・・。







Mさんの話はひとまず置いといて。


当時、バイト仲間の間ではビリヤードが流行っていた。

私達は仕事が終わるとすぐ近くにあるビリヤード屋に行き、ビリヤードをやる事が多くなった。
そして何度か通っている内にお店のマスターとも仲良くなり、
店に自分の名前の札を飾らせてくれたりと、とても優遇されていたのだった。


そんなある日、私・I君・N君の3人でビリヤードをしに行った時の事。

店に入ると、私達以外のお客は居なかった。
いわゆる「貸切」状態ってヤツだ。

と云う訳で、いつもはビリヤード台1台を3人で使用している所を、
他のお客さんが来るまで、ビリヤード台2台を使って、
「1人」と「2人」に分かれてプレイする事にした。


「おおっ、たまにはこう言うのも良いよね。」

私は一人で伸び伸びと撞きながら、隣の台にいるI君と話していた。



すると・・・


『カランカラン・・・』


入り口のドアのベルの音が鳴った。

マスター「はーい、いらっしゃい。」
私   (おっ、どうやらお客さんが来たようだ。)

と思いながら、ふとドアの方を振り向いた。



一見、何も変哲も無いカップル二人。

かと思いきや、女性の方に目線を向けた時、
その凄まじいビジュアルに私は一瞬ギョッとしてしまったのだ。





皆さんは「曙関」をご存知だろうか?
そう、あの元「横綱」だ。


初めて彼女を見た時

(ギャー!曙関の母ちゃんが現れた!!)

と驚愕してしまう程の太りっぷりだったのだ。





それが、ビリヤード生命体「ブーデー」との初めての出会いだった。




「えっと、二人ね?
 じゃあねぇ・・・あのお客さんの隣の台でやってくれない?」


とマスターは言う。

こうして、私達は又いつもの様に3人でプレイし直し、
「ブーデー」らは、私がさっきまで撞いていた台でプレイする事になった。



ビジュアルは驚愕、と言いながらも
「人は見かけじゃない」という基本スタンスは変わらなかったので、
I君も私も、始めの内は気にする事無く、ビリヤードを続けていたのだが、

やがて、「ブーデー」はとてもウザい生命体であると判明した。


まず、人が撞こうとしている所で「ブーデー」は平気でその後ろを擦り抜けて行く
所詮「ブーデー」は「ブーデー」である、あのデカイ尻にどうしてもぶつかってしまうのだ。

あの尻と尻が触れた瞬間の感じと云ったら、そりゃもうショッキングである。

そんでもって「あ、すいません」とか言ってくるなら未だ許せるのだが、
予想通り、何も言わない、むしろ気がついてもいない。


そして、なんと云っても頭に来るのが、
人が真剣に構えている真後ろで、突然ギャーギャー騒ぎ始める事だ。


彼氏がキューを構えてると

「それ、違う!!」

とイキナリ「ブーデー」が吠える。
後ろで撞こうとしていた私は一瞬ビクッ!としてしまう。


豚「構え方が違うでしょ。この前教えたじゃない。」
男「あ、そうか。」
豚「『あ、そうか』じゃ無いんだよ。」

彼氏も彼氏で見るからに気弱そうな男で、何も言えずにいる。


横で会話を聞いていた私もそんな「ブーデー」の態度に頭に来てしまい、
耳に届かない所で

「つーかさぁ、彼氏の方が何も言わないからいけねぇんだよな、
 ねぇ、Iく・・・・」


とI君に目を移すと


「・・・うぜぇよ、・・・うぜぇよ。」

と既に「ブーデー」と彼氏に向かって、
口パクしながら凄い形相で睨みつけている。

I君は既に「ブーデー」に対して敵意剥き出しだ。

「ん~、露骨だねぇ・・・・。」



そう言う私も、そろそろ我慢の限界に来ていたので、
ビリヤードし始めてから1時間経たない内に

「あ~あ、気分悪いから帰ろうぜ~。」

と切り上げようとした。

I君も相槌を打つように、

「ああ、帰ろうぜ、今日は何かやる気分じゃねーよなーー。」

と言い出した時、いきなりN君が声を大にしてこう言った。

「え~!なんで~?!もうちょっとやって行こうよ!」




はぁ~・・・勘弁してくれ・・・・。

マナーのかけらも無い「ブーデー」がこんな至近距離にいるのに・・・。


つーか、私やI君がイラついている事に全く気が付いていないのだろうか?

確かに私やI君がイラついている一方で、N君だけは楽しそうにビリヤードを満喫していた。
細かい所は気にしない(気づかない?)所はN君の良い所なのだが・・・。


しかしダメだ。 N君には今回ばかりは我慢してもらおう。


私 「N君、今日はビリヤードはそこそこにして、カラオケ行こうよ!」
I君「あ、それいいねぇ!何か歌いたい気分だなぁ、N君行こうぜ。」
N君「あ・・う・・・うん・・2人がそう言うなら・・・・。」


と云う訳で、しぶしぶ了解したN君を連れ、ビリヤード屋を後にしたのだった。





その時、私達は気付かなかった。

実は「ブーデー」がビリヤード屋に来てからずっと、
N君が熱い眼差しで見つめていた事を。














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