【素濃暴怒(スノーボード)】

暴怒と呼ばれる板を使って雪山をすべるスポーツである。
その昔、中国で「素濃暴(す・のぼう)」と云う将軍がおり、
冬に遠征を行った際に奇襲方法として板を使ったのが始まりと言われている。

素鬼偉(スキー)と比べ、簡単に覚えられる事から人気がある。
しかしその反面、油断すると大怪我に繋がる事があり、
とても危険なスポーツであるので、プレイする際には細心の注意が必要である。

(民明書房刊「中国のウィンタースポーツ語録」より抜粋)






スノボデビューしたN君(後編)

(K君の体験談を元に構成しております。)


N君によってアニメ漬けにされたK君達とK君の車は
物理的には事故も無く、無事に「富士見パノラマスキー場」へ到着した。

シーズン時よりちょっと早めに来たこともあって
その日は人も少なめ、天気も快晴。
N君にとっては、まさにスノボデビューの絶好の晴れ舞台であった。


車から降りると、N君は嬉しそうに


「ねーねー、早く行こうよ~~♪」


と言いながら足早にゲレンデへと向かっていった。
K君達も開放された様な笑顔を浮かべながら、ボードを担いでゲレンデへと向かった。



ゲレンデに着いたK君一同、早速作戦会議が開かれた。

そう、N君の担当を誰にするかについてだ。


当初は、『N君はスノボ初体験』と云う事実から『上手い人をパートナーに』との案も挙がったが、
やがて『そもそも、N君を連れてきたのは誰だ』と云う流れになり、
結局、K君がN君のパートナーとして初心者コースへ、
後の皆様は普通コースへ行く事になった。

又、お昼前に食堂の前に集合して昼飯を食べよう、と云う事で話は纏まった。





普通コースへ向かった一行と別れたN君とK君は
一緒に初心者コースのリフトを登って行った。

「おー、高ーい♪」

と買ったばかりのボードを履いたN君はリフトの高さにとてもはしゃいでいた。


しかし、一方のK君はテンションが下がりまくっている。
100%、行きの車で流れた「N君Best盤」が原因である。


しかし「教えるよ」と言った手前、教えなければならない。


リフトが終点に近づく頃、K君は決心した。




「適当に教えよう」と。


(N君は見た感じ、運動神経がそこそこ良さそうだ)
(初めだけ少し教えてやれば、勝手に滑れるようになるだろう・・・・)
(そしたら、別行動を取れば良いや。)


と、K君は思ったのだ。





そんな思惑を秘めたまま、二人はゲレンデに降り立った。


まず、K君はN君に基本的な滑り方を教える。
20メートル先まで滑り、手本を見せた上で、

「んじゃさー、取りあえずココまで滑ってきてー!」

と言った。

「ち、ちょっとまって~」

とN君は連呼し戸惑いを隠せながったが、
やがて意を決したのか、ゆっくりと板を前に出し少しずつ滑り始めた。


すると、途中2,3度程バランスが崩れかかりながらも、
なんと、転びもせずに無事20メートルを滑りきる事が出来た。


「・・・お~、怖かった~♪」

とN君は驚いていたが、実はもっと驚いたのはK君だった。
本当に初めて滑った人は、1回は転んでしまうのが当たり前だと思っていたのに・・・。
K君は改めてN君の運動神経、そしてバランス感覚の良さに感服した。





しかし、そう感じたのは始めの20メートルだけであった。


K君がコツを教えながら一定距離で滑りN君が後に続く、と云った教え方をしていたが、
どうしても腰が引けてしまいながら滑る為、直ぐに転倒してしまう。

そして、そこで大きな問題に直面した。

N君は今回スノボしに行くに当って、一式を買い揃えた訳だが、
一つだけ大事なものを買い忘れていた。


それは尻の部分の衝撃を和らげるプロテクターである。


K君がそれに気づいたのは、N君が転倒して尻もちをついた時に、
回数を重ねる毎に、顔に苦悶の表情を浮かべる事が増えてきたからだ。


K君「プロテクター、買わなかったの?」
N君「え?なにそれ?」


実を云うと、N君は結構足が太い、よって尻もデカイ。
それが災いして、尻がエアバッグのような役割を果たしてしまっており、
尻もちをついた後、そのまま後ろに踏ん反り返って、
後頭部を地面にぶつける様な転び方を何回も何回も繰り返していたのであった。


「そう云う転び方は危ないよー!」

とK君が注意するのだが、どうしても直らない。

そういった問題を抱えたまま練習を続けていると、やがてリフトの乗り場に到着してしまった。

1回目のチャレンジは終了だ。


N君「あ~、終わっちゃった・・・・うう、くやしいな~」
K君「どうする?少し休んどく?」
N君「うん・・・もうちょっと練習したいなぁ・・・」
K君「そっかー、んじゃ行くかー。」


と、休む暇無くリフトに登って行った。


2回目のチャレンジもN君は相変わらずだった・・・。
転んでは尻持ちをつき後頭部をぶつける・・・その繰り返しだった。

そして下まで降りていっては休む暇無くリフトに乗って行く。


こうして、何回目のチャレンジだろうか、
K君が先に滑り、下からN君が降りてくるのを待っていると、
K君の友達が後から声をかけてきた。

友達1「おーい、待ってたぞー。」
K君 「あー、ごめんごめん・・・。もうお昼か・・・。」


もう、友達は食堂の前でK君とN君が来るのを待っていたらしい。


友達1「おう、昼飯食おうぜぇ。」
K君 「ちょっと待って、N君待ちだ。」
友達2「N君どこよ?・・・あ、N君~!!


遠くで腰が引けてる格好をしたまま、恐る恐る滑っているN君を発見した。

スノボに夢中になってて皆に気付いてない様だ。


「お~~~~い!!N君~~、早く来いよ~~!!」


今度は他の友達2~3人がN君に向かって両手を振った。

するとN君は、やっとその声に気がついたらしく、
遠目では解らないが恐らく嬉しそうな顔をして、手を振り返してきた。


その仕草をK君は何も考えずに眺めていたが、
次の瞬間、N君の行動に我が目を疑った。



なんと、K君達の方向に向かってN君が凄まじい勢いで滑り降りてきたのだ。


「私の赤ちゃああああんんんんん!!!」

と泣き叫ぶ母親をあざ笑うかのように坂道を転がり落ちるベビーカーのように。

恐らく、N君はその時”風”を感じていただろう。


だが、その”風”も次の瞬間、N君の大転倒によって幕は閉じた。


「踊るようにして転倒して、
 一瞬だけN君が雪煙で見えなくなったんだ。」


と、後にK君が言っていた事から、どれだけの凄まじい勢いだったのかが伺える。



K君の友達は「あーあ、やっちまったー。」てな感じでN君を見ていたが、
暫くすると、N君の様子がおかしい事に気がついた。


転倒したまま、ピクリとも動かなくなったのだ。





「え・・・N君~~!!!」


K君達は急いでN君の元へと駆け寄った。

なんと、彼は解けた氷と汗でびしょ濡れになっていて、
真っ青な顔をして口が半開きになったまま気絶しているではないか。


K君は、

「N君、しっかりしろおお~!!」

とN君の頬を何回も叩きながら、叫んだ。

友達もずっとN君を見て心配している。
冗談抜きで救急車を呼ばなければいけないのか・・・


と思ったその時、うっすらとN君の瞼が動き
そしてゆっくりと目を開き始めた。


N君は助かったのだ。

死の淵から蘇ってきたのだ。


K君はほっと胸を撫で下ろした。
とその時、K君自身の異変に気がついた。

今まで抱いていたN君への憎しみが、
いつのまにか消えて無くなっている事に気がついたのだ。


そしてK君はN君に優しく声をかけた。

K君「大丈夫か?気ぃ失ってたんだよ、解る?」
N君「う・・うん・・・。」
K君「取りあえずココは冷たいし、もうお昼だから飯食べに行こうよ。立つ事出来る?」
N君「う・・・・うん・・・。」

と言いながらN君はおもむろに立ち上がった。

そして、食堂の方へと向かって行った。


・・・3メートル先に落ちているボードを置きっぱなしに・・・。


K君「あー!ちょっとN君N君。板・・・板を忘れてるって。」
N君「あ、う・・・・うん・・・。」

N君はボードを受け取ると、
そのままボードを引きずるようにして、食堂の方へと向かって行った。


それを見ていたK君は、


(・・・・・・何か様子がおかしい。

 さっきまでのN君なら、何かしら返事は返ってくるはずだ。
 表情を見てたら、意識がやや朦朧としてるみたいだし。
 よっぽど疲れたんだなぁ、まぁあの転倒じゃ仕方がないかもな・・・。)


と云った事を考えながら、N君の後を追う様にして食堂へと向かった。





食堂内はお昼時と云う事も有り、中は他のスキー・スノボ客でごった返していた。
K君達は急いで自分が座る席を確保、そして食券販売機を待つ行列の後ろに並んだ。

K君の前にはN君がいる。
暫くして、順番が回ってきたN君は財布から千円札を出し販売機に入れた。


N君が注文したのは「オムライス」だ。


その後、カウンターで食券を出したN君は「オムライス」を受け取ると、
さっきK君達が確保した席に戻って、じーっと座って待っていた。



やがて、K君達も注文したメニューを手に席につき、


「いただきまーす」


と皆、一斉に食べ始めたのだが、N君の方を見ると、
まだ「オムライス」を一口も食べずに、どこか遠くを見つめていた。


K君「N君、食べないのー?」

と声をかけると、

N君「あ・・・・、う、う~ん・・・。」

と言いながら、手元にあるスプーンを手に取った。



すると、N君はおもむろにテーブル前の調味料入れから
ドレッシングを取りだし、「オムライス」にかけ始めた。


それもイタリアンドレッシングを、である。



K君は一瞬唖然とし、「プーッ」と思わず苦笑した。
多分、N君はボケーとしててトマトケチャップと勘違いしたんだろうなと。

やがて、そのK君の笑いに隣に座っていた友達がN君の妙な動作に気づき、笑いながら言った。


友達2「おいお~い、なーにドレッシングかけてんだよー。」
N君 「あ・・・・」


とドレッシングをかけていた手を止めた。
その瞬間、K君の友達一同は一斉に笑い出した。


「ぎゃはははは!なにやってるんだよ~。」
「N君、おもろいな~。」


K君は友達と一緒に笑いながら

(『僕、なんでドレッシングかけたのかなー?』と言うんだろなぁ)

と考えながら、N君の次のセリフを待っていた。





しかし、その後N君が発したセリフはK君の予想を大きく上回った。
ドレッシングのかかったオムライスを見つめながら、N君はこう呟いた。



N君「あれ・・・僕、オムライスなんか頼んだっけ?」
K君「・・・え?」
一同「・・・え?」



その瞬間、K君含む友達一同の笑いは止まった。

そして彼らはやっと気がついた。


N君を本当に死の淵から蘇えらせる事が出来たのは、
『ドレッシング』だったのだ、と云う事を。






そして午後・・・・。
九死に一生を得たN君は「気分が良くない、気持ち悪い」と言って、
ずっと帰るまでK君の車の中でグッタリしていた。



こうして、波乱に満ちたN君のスノボデビューは終わった。







数年経った今でも、あのスノボの思い出を鮮明に覚えているK君は私に

「ある意味、忘れられない思い出だ」

と語り、

「N君はあの時、オムライスじゃ無くて一体何を頼みたかったのだろう?」

と疑問に感じている。





それはさて置き、スノボから帰ってきてから3日後の話になるが、
帰宅してからと云うモノ、体の不調を訴え続けていたN君は、
頭部を打った事もあり、近所の大学病院で精密検査を受ける事にした。

その際、CTスキャンでの検査を行ったのだが、
『特に異常が無い』と診断されてホッとしたのもつかの間、
たまたま健康保険証を紛失していた事で保険が降りなかったN君は、
病院に現金4万5千円を支払う羽目と相成った。









そこで教訓。

「ご利用は計画的に」











キャスト
  • Mr.Narbee(N君)
  • K君
  • コンビニの店員
  • K君の友達1
  • K君の友達2
  • K君の友達3~
  • Baku-tiku
  • My Ritoru Laba-
  • 「私の赤ちゃああああんんんんん!!!」
  • 例のオムライスを作った食堂のおばちゃん
  • 魅惑の看護婦 アケミ






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