大金を叩いてまで、ドラムの練習を始めたにも関わらず、
あっと云う間に熱が冷めてしまったN君であるが、
実はそれから2ヶ月後、再び練習を始める事になる。
それは私・I君・N君の3人で仕事してた時に、
「最近、バンドの調子はどう?」
と私がI君に聞いた事から始まった。
その時、厨房の奥で作業していたN君の手が止まった。
多少は気になっている様子だ。
「ああ、いい調子だよ。今度、またライブやるし。」
と、I君が答えるとN君がいきなり会話に入ってきた。
「え?ライブなんかもやってるの??」
その顔は意外そうな顔だった。
普通、バンド活動をやっていれば
「ライブやってみようぜぇ」と云う話が出てくるのが当たり前である。
しかし、N君は単純にドラムをやる事によって、
(リズム感が良くなればいいかなぁ・・・・)
と云った程度の事だけで「ライブ」がどうとか、覚えてから先の事までは考えられる余裕がなかった。
言い換えれば、目的が明確では無かったと云う事だ。
それが、前回ドラムをやって直ぐに飽きてしまった原因だと私は思っている。
うすうすN君もそれを感じていたのか、
あの17万ドラムセットをI君に売って、少し後悔し始めていた頃だった。
そして、今の会話で「ライブをやる」と云う話を聞いたとき、
再びN君の「ドラムやりたい」熱は再び湧き上がった。
「ああ、又ドラムやってみようかなぁ」
とI君や私に話し始めたのである。
「そうだよ、せっかくやり始めたんだしさ、勿体無いよ。」
とI君が言った事もあって、再びN君は練習に参加する事になった。
今度は「ステージに立つ」という目標を持って。
さて、次の日からいつもの練習場所に通うことになったN君だが、
前回と異なる点がある。
それは、あのN君が購入した17万のドラムセットは、もうI君の所有物となっていた事だ。
まぁ、売ったモノは仕方が無いと云う事で、
N君は今までI君が使っていた例の古いドラムセットを使う事になった。
そして、前回と変わらない点がある。
それは、N君のリズム感だ。
約2ヶ月間のブランクのせいで、少しはマシになっていたリズム感が
全くの振り出し状態になってしまっている。
ドラムの練習をしていたN君はそれを存分に実感していた。
そして練習の帰り道に、
N君「はぁ~・・・何であんなにリズム感無いんだろうなぁ・・・。」
とI君に愚痴り始めた。
I君「まぁ、しょうがないよ、久々にドラム叩いたんだから。
だって、ずっとやってなかったんでしょ。」
N君「それは、そうなんだけどさ・・・。ボクって才能無いのかなぁ。」
(・・・あるとでも思っていたのか。)
とは決して答えなかったI君は、
気の利いたセリフをN君に言えないまま、駅へと送っていった。
次の日の練習もN君は相変わらずだった。
目の前で聞いているだけのI君もイライラ来るほどの実力ぶりだった。
N君の始めの勢いも何処に行ったのやら、すっかり意気消沈してしまっている。
この状態を見てI君は、さすがに可哀相だと感じた。
そして、何かやる気が出せる事は無いのかと他のメンバーと相談し、
N君に対し、ある一つの提案をしたのであった。
それは、近々I君が行うライブにN君を特別参加させる事だ。
但し、今の状態では参加しても大パニックになるだけだ。
よってI君はN君に3つの条件を出した。
まず1つ目は、ライブ当日までに人に聞かせるくらい、
・・・・・いや、最低でも聞けるくらいまで上達する事、
次に、正式なドラム担当はI君なので、N君はそれをサポートする形で参加する事、
そして最後の1つは、後半に差し掛かった時に1曲だけ演奏する、
と云う内容であった。
I君「それでも良いなら、出てみる気ある?」
すると、パッと嬉しそうな顔をして
N君「うん、やるやる!頑張って練習するよ!」
と、云う返事が返ってきた。
N君にとって「ライブ」と云うモノが現実になりつつあったのである。
それからのN君の熱中ぶりは鬼気迫るものがあった。
いつもの練習場所で練習した後に、家に帰ってから山積みにした雑誌を叩いて練習。
そして仕事中にも菜箸使って練習。(←仕事しろよ)
とにかく、N君の頭の中はステージの上でドラムを叩く事で一杯だった。
そして3週間後にライブを控えたある日。
N君はI君の前でドラムを叩いて見せた。
N君「・・・と、こんな感じで良いかな?」
I君「・・・」
N君「・・・もしかして・・・だめ・・・?」
I君「・・・いや・・・N君・・・、これならライブ出ても大丈夫だよ!!」
N君「本当!?・・・や、やったー♪」
練習を始めた頃とは比べ様の無いほど上達していたN君。
I君の許可が降り、晴れてN君はライブに参加する事に決定したのであった。
次の日、N君とI君は近所の楽器店へと足を運んだ。
N君の初ライブに使用するドラムを買う為だった。
1時間程、店内を探しまわった挙句、9万円するシンセドラムセットを購入する事にした。
6つのゴムで出来た皿が手前に4つ、左右に1つずつ、と云った構成になっていて、
電源を付けて叩くと、ステアドラムやハイハット等の音が出ると云う代物だ。
そのドラムセットを使ってN君は再び練習を始めた。
とにかく、それからもN君はライブに向けて黙々と練習を続けた。
一回だけ、私もN君の練習を覗いて見た事があるが、
その時のN君は今まで見た事無い程の真面目な顔をしながらドラムを叩いていた。
やっと、本当のドラムの楽しさに気が付いたのかもしれない。
時は経ち、ライブまで後2日と迫った時の事だった。
その日は、I君と私の2人でバイトをしていた。
I君「おーい、明日と明後日はバイト休むんで、よろしゅう。」
私 「ほいほいっと、あ・・・そうか、いよいよ明後日だもんね、ライブ。」
I君「そうですー、ってしかし、N君には驚いたよ、本当。
正直言って、あんなに上手くなるとは思わなかったからねぇ。」
私 「オレは明後日用事あるから行けないけど、頑張れよ。」
I君「さんきゅー、まぁそのセリフはN君に言ってくれって感じだけど、がははは」
私 「ははは確かに・・・ってあれ、そう言えばN君は?」
そういえば、今日は仕事に入っている筈のN君が見当たらない。
I君「あ、そうそう、今日は早あがりらしいよ。
明日は仕事入っててライブの前準備が出来ないからー、って」
と云いながら、I君は親指で練習場所のあるビルの方向を指した。
私 「あーなるほどー、しかしN君も大したモンだね、こりゃ。」
暫くの間、I君とN君の上達ぶりに付いて話していた。
一方のN君は、2日後のライブに備えて
ライブハウスに持って行く機材等の整理をしていた。
I君(N君の分だけで良いから、いつでも持ち出せる様にしておいてー。)
との言葉に従い、1人で自分のドラムセットをビニール袋に大事に包み、部屋の隅に置いた。
「ふぅ・・・と、良し、これで大丈夫だな♪」
これで準備は万端かと思われた。
しかしその時、ビニール袋に入ったシンセドラムセットには重大な異変が起きていた。
当然の事ながら誰もその事を全く気付かないまま、ライブ当日を迎えたのであった。
当日のライブハウスの中はI君の学校の友達や他のバンドを見に来た人達でごった返していた。
そして、その中にN君の数少ない友達も数人見に来ていた。
当然、N君の晴れ姿を見る為にだ。
N君の友達1「しかし、凄いなー。N君が演奏するなんてなぁ。」
N君の友達2「N君カッコイイんだろうなぁ、羨ましいなァ・・」
N君の友達3「今日さ、家からカメラ持ってきたよ。N君のカッコイイとこ撮ろうゼ。」
と、まぁN君の勇姿を期待していた友達一行であった。
しかし、その一方N君がいる楽屋ではそれどころでは無かった。
N君は泣きそうな声で
「電源を付けても音が鳴らないんだヨ~!」
とI君に訴えかけていた。
そう、N君が使っていたシンセドラムセットがいくら電源を付けても
「コン」とか「ポコ」とか気の抜けたゴムの音しか出なくなっていたのだ。
電源ランプは点灯していたにも関わらず、音が鳴らなかったと云う事なので
恐らく、ドラムの皿の裏にあるコード等が持ち運んだ際のドサクサで
断線してしまったのが原因と思われる。
ともあれ、N君達のバンド演奏の時間まで後20分程しか無い。
今から直しても当然間に合う訳が無い。
しかし、N君をステージに立たせてあげたい。
どうしようかとI君達が考えた挙句、遂に最終結論を下した。
「叩く振りをしよう」と。
20分後、N君達のバンドがステージに現れた。
N君の友達「キャーN君ー!!・・・あれ?N君はどこ??」
I君がドラムを叩いている斜め後の目立たない場所で、N君は
買ったばかりの頃の音を二度と出す事はない、壊れたシンセドラムセットで
とにかくひたすら叩く振りをしていた。
その時のN君はとても悲しい顔をしていた。
しかし、観客はそんなN君に気が付く訳も無く、
I君達の熱い演奏にどんどんヒートアップしていったのだった。
こうして、N君の最初で最後のドラマーデビューは幕を閉じた。
あの鮮烈なデビューから1ヶ月ほど経った頃には、
ショックから立ち直ったいつものN君がいた。
しかし、前回と異なる点がある。
それは、あんなにハマっていたドラムの話を全くしなくなった事。
そして、バンドの練習場所にも近づかなくなった事だった。
但し、壊れたシンセドラムセットに関してはライブの直後に持ちかえったらしく、
今はN君の部屋の押入れの奥に「うる●やつら」の単行本と一緒に眠っている。
そして、前回と変わらない点がある。
それは、N君のリズム感だ。
あれほど、ドラムの練習をしたにも関わらず始める前の状態に戻ってしまった事実が
いつもの3人でカラオケに行った時に判明した。
I君「う~ん、あれほどやったのに・・・
・・・本当に音楽に適していない身体をしてますなぁ。」
私 「そうですなぁ・・・。」
と、私とI君は言い合いながら、その日もいつもの様にN君に奢ってもらうのだった。
完
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