最強ドラマーN君(前編)

N君は新しい物好きだ。

何かをやり始めたとき、それに対して惜しみなく金を注ぎこむ。
しかし、その後必ずと言って良いほどアキル。

すると、N君は今まで買った物を私やI君に安く売ってくれる。

言ってしまえば簡単な「ディスカウントショップ」のようなものだ。


そんな「ディスカウントショップ」は、たびたびカラオケ無料サービスも行っており、


N君「ね~ね~、カラオケ行かない?」

私 「行きたいんだけど・・・お金無いんだよなぁ・・。」
N君「いいよいいよ、僕が奢るからサ。」


と云った感じで、良くI君と私をカラオケに連れて行ってくれた。



但し、カラオケに行った時には必ず私とI君に課せられる使命があった。


それは、N君のカラオケ教育。



N君は音痴なのである。

それも重症の。

って言うか、音楽の才能が限りなくZEROに近い。


例えば歌う時、I君と私は(って言うか普通は)音楽とリズムに合わせて歌うのだが、
N君の場合は、モニターの下部に表示されるテロップが
”白”から”緑”に流れるタイミングで歌うのだ。


又、ある曲の音域の「1番低音~1番高音」を仮に「0~100」の数字に例えてみる。
N君の場合は、それを「40~60」の音域だと誤認識するのだ。

この様にタイミングのズレ、声の音程、
さらに別にやらなくても良い関係の無いタイミングで「シャウト」

それらが組み合わさる事で、元の曲と全く違った曲が出来あがってしまうのだ。


そんな錬金術師なN君なので、教育するにもかなり困難を極め、
半年ほど繰り返して、「40~60」から「20~80」までに声の高低が広がってきたが、
相変わらずリズムは直らなかった。
そして、暫く間を空けると又、元の「40~60」に戻ってしまう。


そりゃもう、ウンザリである。



それに引き換え、I君は歌うのが上手い。
少々難しいリズムでも器用に難なくこなしてしまうのだ。

恐らくその当時、バンド活動をしていたからなのかもしれない。



彼のパートはドラムだった。

元々リズム感の良かったI君は、2年程前に私、I君、その他3人でバンドを結成し、
その練習によって、ますます音楽センスを見につけていったのだ。

ちなみに私は、第1回目の練習でかったるくなり、
当時の彼女にうつつを抜かしていたら、いつの間にか「名誉メンバー」となっていた。


何はともあれ、そんなI君をN君はとても羨ましがっていた訳である。





そしてある日、バイト先で私に

「ねぇ・・、僕もさ、バンドやったらさ・・・I君みたいになれるかなぁ・・?」

と、とんでもない事を聞いてきた。

「う・・・・・・う~~~ん・・・。」

私は正直どう答えたら良いのか解らなかった。
N君にピッタリのパートが何なのかどう考えても思い当たらないからだ。
多分「トライアングル」でも、ろくに出来ないだろう。


「あ・・・N君はさ、何をやってみたいの?」

と逆に尋ねてみると、

「ん~、んとねぇ・・ん~・・、あ、ドラムがいいかな!

と答えた。

(ド、ドラム・・・・・。)

リズム感が全く無いN君がよりによってドラム・・・。
正直、猿に「因数分解」を教えるほど無謀な事だと思った。


「N君さー、ドラムってかなりリズム感が必要なんだよ、出来るの?」
「う~ん、解んない。でもなぁ・・・やってみたいなぁ・・・。」

とN君が迷っていると、

「やりたいんだったら、やって見れば?」

と声をかける人物がいた。


それは、I君だった。


丁度、練習の帰りにバイト先に寄ったらしく、
私とN君の会話を聞いていたのだ。


N君「そっかぁ~、I君がそう言うなら・・・ドラムやってみようかなぁ・・・。」
I君「うん、もしかしたらそれがきっかけでリズム感良くなるかもよ。」
N君「そうだよねぇ~・・・・、よし、決めた!やる!

I君「そんじゃあさ、今度のバンドの練習の時呼ぶわ。そんときに教えてあげる。」
N君「うん!!」

こうして、その日からN君のバンドデビューへの道はスタートした。

週に1~2回、仕事を終わらせてからすぐ練習場所に向かい、
終電ギリギリまで練習してから帰宅する・・・そんなバンド生活が始まった。



それから4~5回目の練習の頃だろうか、
私は好奇心でN君の様子を見に、バンドの練習場所へと向かった。



バンドの練習場所。

それは自分がバイトしている店を出てから、20メートル程歩いた所に在る
3階建てビルの2階にその場所を構えていた。

そこのビルは、I君の親が所有しており、
たまたま2階部分が貸店舗になっていると話を聞いたI君が
親に頼んでタダで借りているめぐまれた場所であった。

当然、こんな良い場所をバンドの練習場所のみで使用する訳は無く
借りた当時は私とI君と一緒に遊びにいった帰りに
「色の付いたジュース」を持ち込んで飲み明かしたり、
学校帰りに寄って、あらかじめ持ちこんでいたパソコンでゲームやってたり、
と云った感じで一種の「秘密基地」の気分が楽しめた素敵な場所であった。



(あぁ、あの頃は良かったな・・・・。)

と、考えてるうちにビルに着いた。



狭い階段を上り、ドアを開けると・・・・おっ、いたいた!
部屋の奥のドラムセットの前にN君とI君がいる。


私 「うぃーっす、ちょっと覗きに来たよん。」
I君「なんだー、珍しいじゃんかー。」
私 「うほー、全然変わってないなー」

と云う感じで私はI君と会話を交わした。

一方のN君はと云うと、ドラムセットの前で首を傾げながらリズムを取っている。

それを横目で見た後、私はI君にさっきから疑問に思っていた事をぶつけて見た。
そう、ドアを開けてから今までずっと気になっていた事・・・。



「I君、新しいドラムセットなんて、いつ買ったの?」


実は一番始めに目に入ってきたドラムセット。
一目見て最近買ったと思われる新しい品だと解った。

そして、次に目に入ったのは、その横にある古いドラムセット。
昔から置いてあった懐かしい品であった。

(ああ、新しい奴買ったんだな・・・・)

とそれだけなら思ったかもしれない。

しかし、N君は新しいドラムセットを嬉しそうに使っている・・・・。
そんなシチュエーション、何か嫌な予感がした。



I君「ああ、あれか・・・買ったんだよ、N君が。」


・・・予想通りの返事が返ってきた。


私 「やっぱり・・・しかし、あれ高そうだな~いくらしたって?」
I君「17万だって。」


・・・I君の使っていたドラムセットじゃ物足りなかったのか?


N君が練習に参加し始めてから一週間も経っていない頃、
I君が一人で練習をしていたら、N君が大きいダンボール箱を持った業者の人と一緒に現れ、

「I君~、新しいの買ったんだけど、どこに置けばい~い?」

と、さらりと言い退けたらしい。
さすがに開いた口が塞がらなかったそうだ。

私 「あーあー、いい加減無駄金使っている事に気づかないのかねぇ・・・・・。」

N君のこれから先が目に見える様であった。





そして暫くして、私の言った事は的中した。


1ヶ月半経つと、リズム感の無いN君はドラムと云うパートに行き詰まり、
だんだんと練習しに行く回数が少なくなっていった。

そして2ヶ月目に入ると、全く行かなくなり、
新しいドラムセットは哀れ、無用の長物と化していった。


「へいへ~い、安いよ安いよ~!!」


ディスカウントショップの目玉賞品に昇格してしまったのである。




早速名乗りを挙げたのは大方の予想通り、I君であった。

「お金が無い」と言われて、まんまと騙されたN君は、
I君が数年間愛用していた(乗り潰したとも云う)原チャリと交換する事で取引成立したのであった。





I君、良い買い物したなァ・・・
売っても1万円行くか行かないかのポンコツ原付で
17万円の殆ど手付かずのドラムセットと交換だもんなぁ・・・・。

・・・もしかしたら、N君が「ドラムをやりたい」って言った時から
こうなる事を解ってたのかも知れないなァ・・・。



と思いながら、私は冬にしては心なしか暖かい青い空を感じていた・・・・。



ともあれ、こうしてN君のドラマー事件は終わった。








・・・・かに思われた。


そう、実はまだ終わっちゃいなかったのだ。














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