私がN君と初めて出会ったのは高校1年の冬であった。
当時、私は駅前商店街にあるステーキ屋でバイトしており、
裏の厨房で皿洗いをしていた際に、
「すいませ~ん、ハァハァ、あのーご飯分けて貰えますか~?」
と全身汗だくで現れたN君の姿が、今でも印象に残っている。
ステーキ屋から徒歩1分も掛からない場所にある、同じ経営者が経営するうどん屋。
N君はそのうどん屋で社員扱いとして半年ほど前から働き始めていたのであった。
同じ経営者と云う事もあってか、ステーキ屋とうどん屋は気軽に材料を貸借し合う関係。
その日も窓口であるN君がご飯を借りに現れた所をちょうど目撃した訳である。
それから暫くして、私は中学校の頃からの友人であるI君とバイト後に待ち合わせをした。
実は彼もN君と同じうどん屋でバイトをしているのであった。
うどん屋の前で落ち合ったI君に、早速、N君の事を聞いてみた。
すると、
「おお、N君かぁ、同い年なんだよ、紹介しようか。」
と言いながら、I君はN君を呼びにうどん屋の中に入っていた。
(へぇ・・・同い年なんだ。仕事がんばってるんだなぁ。)
と高校生と社会人の違いをしみじみと実感していると、
暫くして仕事が終わった私服のN君が現れた。
作業服を着ているN君しか知らなかったので、
初めて私服を着ているN君を見た時、今までのイメージを覆すモノであった。
その時のN君に対する印象、それは
「なにかバンドでもやってるのかな・・・?」だった。
と言うのはN君の服装は往年のヘビメタ風な服装で塗り固められていたからだ。
路上の外国人の店で買ったようなドクロ型の指輪、ネックレス。
上着は黒い革でテカテカしてるジャンパー、靴はロングブーツ、と云った風貌だ。
しかし、暫く話してみると、その印象はどこかに飛んでいってしまった。
バンドはやった事が無いと言うし、そもそも喋り方がそれっぽくない。
「僕ね、僕ね、今度ディズニーランド行くんだぁ♪」
って感じの口調だ。
ともあれ、それからと云うもの、同じ年だと言う事もあってか
毎日バイトが終わった後に話をし合う程の仲に発展し、
やがて、私がステーキ屋からうどん屋にバイト先を代えてからは
N君、I君、私の3人で良くつるんで遊ぶ様になったのである。
んで、それから暫く経って。
その頃になってくると、N君も今までのヘヴィメタルな服装には飽きたらしく
少しずつノーマルな服装へと変わりつつあった。
(※ 散々「そろそろ止めようぜ」とアドバイスした事もあるが)
しかし、相変わらず装飾品だけは大好きで、
毎日指輪やネックレスを必ず1~2個は身に付ける生活を送っていた。
そんな彼が特に気に入っていたのが「十字架のネックレス」。
『N君がそのネックレスを付けてこなかった日は一度も無い。』
と言っても過言ではない程のお気に入りなアイテムだったらしい。
I君と一緒に、
「本当にN君って十字架好きなんだねぇ。」
と言うと、
「うん、凄い大好き~♪だって格好良いでしょ♪」
と、つぶらな瞳をしながら言っていた。
その時は、私とI君の二人は
N君がどれだけ「十字架が好きだったのか」を全く理解できていなかったのだった。
事件があったのは、その2週間後。
私がいつもの様にお店の裏口から入って、N君に「おはよーっす」と軽い挨拶をすると
「おー♪○○君(←私)♪良い物見せてあげるー♪」
と、相変わらずつぶらな瞳をしながら手招きしていたので、N君の方へ行ってみた。
すると、N君は唐突に作業服の左袖をまくり、左腕にあるものを見せてくれた。
それは・・・
縦は5cm、横は4cm。
恐らく、ナイフのようなモノで切った大きな傷だった。
その形は・・・・・・十字架の形をしていた。
話を聞いてみると、
N君はタトゥー(刺青)と云うモノに憧れていた。
しかし、どうやってタトゥー(刺青)をすれば良いのか知らなかった。
取りあえず、手元にあったナイフで腕を切ってみた。
思ったより血が出なかったので、そのままブラッディクロスってみた。
との事。
そんな緊急事態に、私・I君・N君間で急遽会議が開かれ、
「それは、タトゥーじゃないよー」とか、
「傷つけると後残るから、やっちゃダメだよ。」とか、
バイトが終わる迄の4時間、われわれが持つタトゥーに関する知識を延々とN君に吹き込んだ。
「そっか、違うのか・・しまったなぁ、後残るよなぁ・・・。」
と、やっと間違いである事に気づいたN君に対し、
私 「大丈夫だよ、あまり深くないし。」
I君「そうそう、すぐカサブタになってすぐ戻るって。」
と云う無責任極まりない励ましの言葉を送る事で会議は終了、これにて一件落着した。
かに思われた。
それから1週間後。
その日は、N君は仕事に出ていなかった。
病院に行くので今日は休む、との事だった。
私とI君は心配した。
N君は仕事は出来なくても真面目な性格で、今まで「休む」なんて事は殆ど無かった。
「うーん・・・風邪引いても仕事に来るのに、珍しいねぇ」
「もしかして、この前の傷にバイ菌でも入ったのかねぇ。」
「まー、有り得なくは無いけどな」
と、私達は気が気で無かった。
そして次の日、バイトに行ってみると・・・。
N君は普通に仕事をしていた、どうやら笑っているようだ。
ああ、良かった。
私は内心ホッとした、昨日休んでいたのが大事で無かった事が解ったからだ。
そして私はいつもの様にN君に話しかけた。
「おはよーっすN君~。昨日はどうし・・」
とその瞬間、N君の驚くべきものを目にしてしまった。
《焼き印》
そう、
『付けてこなかった日は一度も無い。』
と言わしめた、あの十字架のネックレスの形をした火傷の痕だったのだ。
十字架をライターの火で熱し、若干赤くなった所で左腕に付着。
どう理解しても、その手順は「焼き印」でしか有り得ないにも関わらず、
そこまでの知識さえ存在しないN君はやっぱり「タトゥー(刺青)」と呼んでいた・・・・。
もはや、私とI君はそれを否定する気力も失せ、
「似合う・・・とっても似合うよ~、ははは・・・」
と力無く相槌。
N君は嬉しそうな顔をしていた・・・・。
その後・・・。
あの時受けた「焼き印」による火傷は相当酷かったのであろうか、
今でもN君の腕には、十字架・・・
いや、水脹れで膨らんでしまったダイヤ型の傷跡が彼の左腕で輝いている。
人間の体って不思議だね。
完
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